スタッフインタビュー 2019年8月27日

どんな子も、“自分ってなかなかいいな”と思えるためにできること

岩瀬 さやか
投稿者 | 岩瀬 さやか

2019年8月27日

埼玉県内の小学校で実践を重ねてきた岩瀬さやか、通称さや。プロフィールページで「自分を一言で表すと?」という問いに「計画好きなサポーター」と自認するとおり、細やかな先回りに助けられているスタッフは多い(特に私、辰巳)。少しずつ具体的になりつつある軽井沢風越学園における支援の在り方についても聞きました。

-これまでの仕事について教えてください。

軽井沢風越学園設立準備財団に参画する前は、埼玉の小学校で27年間勤め、最後の5年間は通級指導教室(*1)を担当していました。通常学級の担任をする中で、今までの知識では対応が難しく感じることが増え、免許の更新講習のタイミングで特別支援教育の勉強をすることにしました。

大学卒業後の仕事を考える際、教員、野外活動、福祉の仕事に興味を持ちつつ、最終的に教員になったんです。いろんな授業を担当する機会に恵まれた1年目の特別支援学級の音楽の授業で、安心する仲間や環境の中では笑顔でおしゃべりする場面緘黙(*2)の子どもたちの姿があって。どんな子もこんなふうに学校で過ごせると幸せだな、いつかどこかでじっくり関わりたいなと思っていました。どんな子にも得意なことと苦手なことがあります。子どもによっては大人数のクラスの中だとなかなかやれないことも、環境や対応を変えることでできることがある。通常学級で困っている子どもと一対一でじっくり関わってみたいなと思っていたところ、ちょうど通級指導教室の担当になることができました。

 

どんなに失敗しても、応援し続ける

-実際に関わってみて、どうでしたか。

当たり前だけど、一人ひとりみんな違って。同時に、「あなたのままでいいんだよ」って、応援して信じていると、どの子もみんな同じように伸びたいと思っているんだなと感じました。

たとえば、その子が心地よく過ごせるように気持ちをコントロールするためのサポートは大事なことです。私がいくつかの方法を教え伝えることはできます。でもそれよりも、「そのままでいいんだよ」、「こういうところがすごいと思ってるよ」とか、その子なりに苦しみながら一生懸命踏み出した小さな一歩をちゃんと見て、「がんばったね」と伝えることのほうがずっと大事なのかもしれないと感じました。

知識や経験を得て手段をたくさん知ったら、子どもたちが困っている時・場面に上手に対応できるんじゃないかと思っていたんです。もちろんそういう面もあるけれど、その子を信じる気持ちが1番大事。子どもによっては、みんなとは同じようにできずに自信がなくなっていくことがあります。手段がそれを解消するかというとそうではなくて、どんなに失敗してもずっと見ている、応援している存在がいることで、その子がやってみようと思える。そして通級指導教室だったらやってみようかなという気持ちが、通常学級でもチャレンジしようという気持ちにつながっていく、という様子をたくさん見てきました。

-さやさんが、どんな子どもも信じていられるのはなんでだろう。

子どもたちが少しずつ話してくれる言葉に耳を傾けていると、本当は勉強をもうちょっとがんばってみたいとか、友だちと一緒に遊びたいと思っていることがわかってきます。でも、いろんな理由でできない。その子自身に由来する理由だけでなく、家族の生活習慣や体調に影響を受けて、毎日登校することが難しい子どももいました。そんな中で通級指導教室に来て何かができると嬉しい、嬉しいが少しずつ積み重なり、それがエネルギーになる。エネルギーが溜まってくると、「明日はこれに挑戦してみたい」という気持ちが生まれるということを、実感してきました。

何年も関わり続ける中で、その子の成長を感じることもあります。昨日と今日という短い期間や、発達の基準とその子を比べるとしんどい。育ちには幅があって、どんな子にも調子の悪い時や悪い日があり、それはだめなことじゃない。そんな時もあるよねって周りが思っているかどうかは、子どもに伝わっているんじゃないかなって思います。

-今のところ、軽井沢風越学園では特別支援教育をどんなふうに考えていますか?

現在考えているカリキュラムや環境を想像すると、固定的な学年学級制や一斉授業という状況下で苦しんでいる子どもたちが抱える難しさを解消できる可能性はありそうだなと思っていて。一般的な学校の教室のような閉じられた場はあまりなく、その子に合わせた学習進度で自分が落ち着ける場所を選んで、学ぶことができる。担任は1人ではなく2人以上のスタッフが日々関わり、臨機応変に子どもたちのサポートをできる環境であれば、通常学級と特別支援学級をわざわざ分ける必要はないんじゃないかな。また、心や体の授業、身体測定、ソーシャルスキルトレーニングなど、今までばらばらになっていた時間を「自分の心と身体について知る」1つの学びのまとまりとして捉え、どんな子も自分自身について体験的に学べるような時間を持つことも検討しています。

誰にとっても落ち着いて誰かに相談できるような場所はあったらいいかなと思っていて。年齢があがってくると他者の目が気になる場合もあるので、心配になったときに、ここにいけばいいという空間があることで安心できる子もいると思います。

 

スタッフ全員で、どんな子にも関わる

-学級担任制ではなく、いろいろなスタッフが関わる可能性があるのでしょうか。

そうですね、基本はどの子にもみんなで関わることになるかな。いろんなスタッフがいろんな子と関わりを持ち、毎日30分でもいいからふりかえって、フィードバックしあうことで、全員に対応の引き出しが増えていくといいなと思います。こういう障害名や診断名の場合はこんなふうに世界が見えている、というような基礎的な知識はあったほうがよいけれど、同じ障害名や診断名でも子どもによって違うことはたくさんある。子どもを中心にやりとりするのが、理解が深まるんじゃないかなと思うんです。

今までの学級担任制だとどこかで担任の先生に任せておけばいい、となってしまいがちです。どんな担任の先生かによって、年度ごとに子どもたちの状況が大きく変わってしまう姿を見てきました。おおらかな先生の学級の子どもたちは互いをおおらかに見るし、できないところを指摘する先生の子どもたちは、子ども同士でもできないことを指摘していきます。家庭内でも同じかも。スタッフも子どももゆるやかに同じ土台の気持ちを共有できていると、どんな子どもたちも自然に伸びていけるのかなと思っています。

-5月末頃からギアチェンジしたというか、さやさんの仕事への関わり方に変化があったように見えています。

はじめは自分が思いついたことを提案をすることで、みんなの可能性を狭めちゃうんじゃないかとか、躊躇しているところがありました。それがだんだん言えるようになってきたというか、言っても大丈夫、思っていることを出したほうがきっといいものができるから言っちゃおう、みたいな感じになってきた気はします。学校づくり途中経過報告会や風越ワークショップなど、実際に子どもと会う場面は純粋にわくわくするので、もっとやろうよという気持ちも湧いてきてるのもあるかな。

開校後は、幼稚園から小学校へのつながりによる子どもの育ちがどんなふうになっていくか、すごく楽しみです。小学校で教えていた頃、幼少期に自然と触れる経験や感覚があれば、もうちょっと苦しくなかったんじゃないかなと思った子もいて。

たとえば感覚過敏がある場合、療育的な活動でなにかに触るよりも、幼少期に泥遊びや水遊びを友だちとできていれば触れていたかもしれない。自然の中で体幹やバランスなど色んな身体の使い方ができていれば、小学生になって自立活動として取り出してやらなくてもいいんじゃないかな、とか。認可外保育施設「かぜあそび」の子どもたちを見ていると、そんなふうに思います。学びのスタートラインに立ちやすくなるために、遊びの中に含められる機会を幼稚園のスタッフたちと一緒に考えてみたいです。

障害名や診断名のあるなしに関わらず、人間って多種多様。これはすごく好きだけど、これは苦手だしうまくいかない、というのは誰にでもどんな場面でもあると思うんです。好きなことと苦手なことの両方含めて、ひとりの人間だから。その子のペースでその子に合った方法を一緒に探ることで、自分のことが好き、自分ってなかなかいいなって、どの子も思えるような時間を過ごしたいです。

 

(*1)通級指導教室…比較的障害の程度の軽い子どもが、通常の学級に在籍しながら、その子の障害特性にあった個別の指導を週1、2時間受けるための教室。

(*2)場面緘黙…他の状況で話しているにもかかわらず、特定の社会的状況(例:学校)では一貫して話すことができない疾患。

(インタビュー実施:2019/8/8)

岩瀬 さやか

投稿者岩瀬 さやか

投稿者岩瀬 さやか

これまでは通級指導教室で、小さな成長を子どもたちや保護者のみなさんと一緒に喜びあってきました。軽井沢風越学園の様々なフィールドの中で、「自分もなかなかいいぞ!」を一緒にたくさんみつけられたらいいなあと思っています。

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