この地とつながる 2019年5月19日

森の一途な運び手

井手 祐子
投稿者 | 井手 祐子

2019年5月19日

新緑の森。

冬のあいだ枯れ木色だった森が、淡い色合いの可憐な山野草と、きらきらと輝く若葉に彩られます。梢では、鳥たちが高らかに歌い、自慢の声を響かせます。まさに春爛漫。

サクラソウの咲く森をお散歩していると、「ハチだ!怖いよ〜!」と、子どもたちが声をあげました。よく見てみるとスズメバチとはちょっと違う風貌。大きな羽音を立てながら、地面近くをゆっくり飛び回っています。

黒と黄色の警戒色をしていますが、ころっと丸く、ふかふかのセーターを着込んだように毛深い体をしています。軽井沢の気候に適応した寒冷地仕様。そう、ハチはハチでも、花の蜜を餌にしている「マルハナバチ」です。ハチなので針は持っていますが、とても温厚で滅多に刺すことはありません。花に夢中で潜り込んでいるマルハナバチのお尻は、なんとも言えない可愛さです。

マルハナバチの女王は、山野草が咲き始める頃に目覚め、巣を作るため、ネズミの古巣を探して飛び回ります。地中にあるネズミの巣なら、湿度も温度も一定で安定していて、雨風もしのげます。とても快適なのかもしれません。

やがて働きバチたちが出てくると、それぞれに役割を持ち、生活し始めます。幼虫の育児係、巣の掃除係、野外で花の花粉を集める係など、時に役割を交代しながら、コロニー(一家)を維持するのです。また、仲間同士で情報交換をしながら集団で蜜を集めにいくミツバチとは違って、マルハナバチは、それぞれのハチが自分の訪れたい花の種類を決め、その種類の花ばかりに訪花します。「わたしは今日はサクラソウよ」「わたしはルリソウ」「わたしはヤマエンゴサク」「わたしは…」と。花に隠された蜜の場所を探し当て、蜜や花粉を巣に運ぶマルハナバチ。その自立した行動と、学習能力の高さには脱帽です。

同じ種類の花で蜜を探すマルハナバチの習性は、他の昆虫に比べて確実に花粉を媒介してくれる一途な運び手(ポリネーター)として、花にとっては大変ありがたい存在です。また、寒冷地仕様の毛深い体も、蜜を吸うための長い口も、花粉を運ぶための脚も、マルハナバチの形態は花粉の運び手として、非常に適した体のつくりになっています。花の中には、あえてマルハナバチだけが訪れられるような複雑なつくりを持っている花もあるくらいです。

春から秋までの間、森の中に多様な山野草が、少しずつ時期をずらして咲くことで、マルハナバチは餌を切らさず活動することができ、山野草は、マルハナバチが訪花してくれることで、受粉することができる。互いをパートナーとして選び、支え合う関係があります。もっとも、マルハナバチと花が結ぶパートナーシップは、どちらかが欠けると、もう一方も、そして他の季節に咲く花も絶えてしまう危うさがあるのですが。

目の前に見える生き物。その生き物とつながる他の生き物。森の生き物たちは、他の生き物たちと繋がり合いながら、生態系のバランスを保っています。そして、どんな小さな生き物にもそれぞれの暮らしがあり、その命を懸命に生きているのです。

軽井沢風越学園が開設される予定の森には、野生生物という原住民がたくさん暮らしています。彼ら彼女らに思いを巡らせ、「おじゃまします」の気持ちで森に入っていきたいと思います。


参考文献
『森の「いろいろ事情がありまして」』(ピッキオと軽井沢野鳥の森の仲間たち、信濃毎日新聞社)
『マルハナバチ・ハンドブック―野山の花とのパートナーシップを知るために』(鷲谷いずみ・鈴木和雄・加藤真・小野正人、文一総合出版)

井手 祐子

投稿者井手 祐子

投稿者井手 祐子

生き物たちのドラマに魅せられて、軽井沢で森のガイドを15年。子どもたちと自然を見続けたくて軽井沢風越学園へ。学園の森の保全しながら、子どもたちと自然の不思議や面白さを見つけていきたい。幼少期は、近所で評判のお転婆娘。実は、冒険や探険に誰よりも心躍らせている。

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