受験間近の中学3年生

颯斗は中学3年生、高校受験を控えている。風越で過ごした3年間で学んだことを思い返してみることが多くなった。それは、これからどうするかということと繋がっている。

颯斗は、中学校進学を機に、軽井沢風越学園に入学してきた。地元の公立の中学校に行かず、この学園に入学を希望した。その時は、「受験勉強」というものも必要なかったし、サマースクールを体験していたので、なんとなくおもしろそうな学校だなぁという気持ちでこの学校を選んだのだ。入学してすぐ、その「なんとなく」といういい加減な気持ちで入学したことを、いい意味で後悔することになる。

「なんで勉強するの?」

入学して一週間くらい経った幼児から中3までで構成される縦割りのホームグループのミーティングで、小学1年生の女の子に質問された言葉だ。颯斗はこの質問に答えることができなかった。「当たり前」だと思っていた、そう答えようとして、その女の子の目を見ると、その言葉は喉の奥にへばりついて出てこなかった。

「当たり前ってなんだ?」

軽井沢風越学園での学びは、颯斗がそれまでの小学校で体験した学びとは大きく違ったものだった。それまでは、何を学ぶかは全部先生が決めていた。でも、ここではそれは自分で決めなければいけないことだった。最初はとてもしんどかった。クラスメイトの多くは、「楽しい!」「自分のやりたいことができる!!」と、とても嬉しそうに学び浸っていた。でも、颯斗には苦痛でしかなかった。今までは、「当たり前」のようにそれが目の前に差し出され、ちゃちゃっとこなし、残った時間をぼーっとしたり、友だちとおしゃべりしたりして楽しんでいたからだ。入学前に施設見学に訪れたとき、軽井沢風越学園ではその時間がもっと楽しくなると密かに思っていた。いや、与えられたものもあった。颯斗に与えられたのは、「波」である。これを探究せよ、ということらしかった。

「何をどうやればいいんだ?」

「波」はさておき、日々の自己主導の時間をまずなんとかしないとと、颯斗は焦っていた。とりあえず、友だちのまねをしてみた。小学校からの仲良しの友だちは地元の中学校に行ってしまっていた。しかたなく、同じ小学校出身だったけど、さして仲良しでもなかった山田ってやつと一緒に課題に取り組んでみた。山田は不思議なやつで、小学校の頃はほんと目立たなくて、ちょっといじめ?が入っていたこともあったと思う。中学校に入っても、まったく変わることなく、日々唯我独尊って感じで同じクラスにいたんだ。颯斗が、「一緒にやっていい?」と聞くと、ちょっとびっくりした顔をして、しばらくしてから「いいよ。」と言ってくれた。

その日から二人は一緒に自己主導の時間を過ごすことになった。山田は国語が大好きで、毎日のように「ここは天国だ〜」とつぶやいていた。確かに好きな本を読み、好きなことを好きなように書けるんだから楽しいよな。新しく始まった古文の学習も、山田にとってみると「探究」になるらしかった。でも颯斗には、好きな本も書きたいこともなかった。とりあえず、自分のレベルに合わせて選択できる算数のテキストを使って、時間をつぶしていた。小学校の時のように、ノルマがあるわけではなく、やり終わってもその後の時間は「空き時間」ではない。次に何をするかはまた自分で考えなければならない。時々ぼーっとして、近くにいる先生に、「何か困ってることある?」と聞かれて、「いや、大丈夫です」と慌てて答えることも多かった。

山田は時々、「ちょっと行ってくる」と言って、ライブラリでやっている小学生の「作家の時間」という授業に参加していた。これには颯斗はちょっと困っていた。仕方なく後ろのほうで聞いていると、山田は熱心にノートにメモをとっていた。時々、近くの小学生と楽しそうにおしゃべりしていた。「楽しい?」と聞くと、「めっちゃ楽しい。小学校では教えてくれなかったからなぁ。いつも一人で黙って決められたことを書かされていたから。」と言う。「学び直しだよ、学び直し!」とも言う。

ある時、また山田はライブラリの奥のほうでやっている低学年の授業を見つけて、「行こう。」と言った。そこでは、先生が子どもたちに「ミロとまほうのいし」という絵本の読み聞かせをしていた。その先生は、読み聞かせをしながら、途中で子どもたちに質問をしていた。子どもたちはとても集中して聞いていた。

「みんな、この表紙から何か気がついたことある?」
(ん?なんだ?あの光ってるのは?石?あれに魔力があるんだな、たぶん)
「この『かなしいおわり』ってどうなるか予想できる?」
(いやー、たぶん、石を取り合って仲間割れするんじゃね?)
「ミロってどういうネズミ?」
(常に正しくありたいと思っているね。おれと正反対。)
「この『しあわせなおわり』と似たようなことを見たことややったことある?」
(あー、あるある!おれじゃないけど)
「ちょっと近くの人とお話ししてみて」
(えっ?)

山田は近くの男の子と話しはじめていた。そして颯斗の隣にはいつの間にかちっちゃい女の子が一人。

「おにいちゃんはあるの?」
「あー、うん、あるよ。」
「なになに、教えて。」
「いやー、ちょっと説明するの難しいなぁ。」
「大丈夫、私、よく聞いてるから。」
「じゃあ、言うね、よく聞いててよ。小学生の時ね、給食の配膳で、コロッケが一個余ったのね。おにいちゃんのクラスでは、食べたい人がじゃんけんして、勝った人がおかわリできるきまりだったの。コロッケって人気だから、すごい人数来ちゃったんだよ。そしてついに、熾烈なサバイバルじゃんけんが展開されたわけだ。参加者は12人、じゃんけんするのに5分くらいかかってようやくチャンピオンが決まったわけ。負けた人たちはめちゃくちゃ悔しがってるわけ。そしたらですよ、それを見て、ある女の子が『私食べないからいいよ、じゃんけんして』とか言うわけですよ。そして、また11人による熾烈なサバイバルじゃんけんが始まろうかとしたときに、その中の一人が、『みんなで分けない?』って提案したの。『えーっ』って最初はなったけど、『なんかおもしろそう』ってことになって、コロッケを11等分にしようとしたわけですよ。この11っちゅうのがまたビミョーな数字で、これで等分するのは至難の業。でも、切り分けている最中からとっても楽しそうなんだよね。あーじゃないこーじゃないといいながらぎゃーぎゃー楽しんでるの。そして11個に分けて一人1個ずつ持って、せーので食べようぜってなって、『せーの!』って言って食べたんだよね。とっても嬉しそうに。みんな笑いながら。一人一人が食べた分のコロッケはほんのちょっぴりだったんだよ。それでもみんなで分けたコロッケはとってもおいしくて、みんなを幸せにしたんだよね。ちなみに、最初のじゃんけんに勝って一個全部食べたのはおれね。めっちゃ気まずくて、ぜんぜんおいしくなかったよ。あはは。という話。わかった?」
「うーん…わかんない。あはは。でも楽しそうなのはわかったよ!」
「じゃあもうちょっと簡単に言うとね・・・」
「はい、そこまで〜。おもしろかったでしょーこの絵本。もう1冊続編があるから次のミニ・レッスンで読もうね〜」

「盛り上がってたじゃない。」山田が近付いてきて言った。颯斗はちょっと照れながら「いやー、ちょっとおもしろかった」と言った。その時山田が言ったんだ。

「ペア読書やってみる?」

最初に読んだのは『流れ星におねがい』という小学校中学年向きの本。颯斗は馬鹿にされたかと思ったけど、ちょっと読み始めて一気にのめり込んでしまった。そして、読み終わった後の山田とのおしゃべりが楽し過ぎた。本も楽しかったけど、こうやって読んだことを語り合うのがほんと楽しかった。勉強して楽しいって思ったことは初めてだった。

物語も書いてみた。これも本と同じように、小学1年生の子の文章を読んで衝撃をくらった。おそるおそる初めて書いた物語を山田に読んでもらったときの気持ちは忘れられない。だって、今まで勉強していて、ドキドキとかワクワくとかしたことなかったから。

「あー、そうか、勉強するってもしかしてこういうことか?」

個人探究「波」、最初は何をしたらいいか、とんと思いもつかなかったけど、海の「波」という思い込みから抜け出た瞬間、目の前がぱっと開け、もうそこからドキドキワクワクが止まらなくなったことを覚えている。「これは、3年間じゃ終わらねぇ」と思ったことも覚えている。個人探究はさすがに山田とは一緒にできないと最初は思っていたけど、山田のテーマの「道」と「波」でコラボって、卒業研究でもやってやろうかという話になっている。そうなんだ、枠をつくっちゃいけない。「当たり前」の枠を越えることが「学び」なんだ。

軽井沢風越学園での3年間は、颯斗にとって衝撃的なものだった。今思い返してみると、その衝撃は、自分の人生(と呼べるほど長くはないけど)を大きく左右するものになったと思う。今、受験と卒業を前にして、これほどまでに自分のこれからの人生を考えている自分がいることに素直に驚いている。もし、軽井沢風越学園に来ていなかったら、「当たり前」のように何も考えず、地元の高校に進学していたことだろう。いや、そういう生き方を否定しているわけじゃないんだ。そう、世の中には、いろんな生き方があるんだってことに気付いたんだ。そして、自分が幸せになるだろうと思う道を、自信をもって選べばいいだけなんだと今確信している。

「颯斗、何ぼーっとしてんの?」

と、後ろから聞き慣れた声がした。山田だ。でも今は、山田なんて呼んでない。

「いや、ちょっと昔を懐かしんで。」
「確かに1年の最初はよくぼーっとしてたもんね。って、颯斗、もうおじさんみたいなこと言ってるよ。」
「いやいやいや、ヒデ、おまえは出会った時からおじさんぽかったよ。」
「おにいちゃん!」
「おー、チカ、どうした?」
「これ読んで!!」
「はいはい、わかったよ。颯斗にも読ませるけどいいよね。」
「うん、颯斗にいちゃんもコメントちょうだいね。」
「はいよー、当然ですよ。君たち二人はおれの恩人ですから。」
「おんじん? うーん…わかんない。あはは。でも楽しそうなのはわかったよ!」

(2017年11月15日版)


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