何も決まっていないところから、みんなでつくる楽しさ

2月からスタッフとして参画したばかりの長沢恵美さん。大学院卒業後、15年勤めた組織開発の会社から初めての転職が軽井沢風越学園です。学校とあわせて設立準備を進めている研究機関にも関わる予定です。

ーどんな子ども時代を経て、大人になりましたか?

親からは、「夢見る夢子ちゃん」と言われていました。ぼーっと考え事をしていることが多く、マイペース。本を読むのがすごく好きで、庭にあった遊具で遊んだりもしていました。小学校4年生までアメリカに住んでいて、いろんな人種の人たちや、障害を持った人たちが自然にいたので、一人ひとり違うのが当たり前、という感覚を持っていました。小学校はすごく楽しくて、夏休みの最後の方は早く学校に行きたくてしかたがなかった記憶があります。たとえば架空の中国人の文通友達がいて、その友達と手紙のやりとりをしながら、その国のことを知る異文化理解の授業や、「さて、これから何が起こるでしょう?」という先生の投げかけを受けて、わーわー言いながら実験するなど、学びに楽しさがありました。勉強以外にもバースデーパーティーやビンゴナイトなど、大人も子どもも大盛り上がりする場があって、とにかくおもしろかったです。

日本に帰国して4年生で入った小学校の、アメリカとのギャップがあまりに大きくて。私が授業中に手を挙げていたら、「なんでそんなに積極的なのー?」と友達からは冷めて見られてしまい、けっこうショックだった記憶があります。なんとかなじまなきゃいけないと思い、必死にすべてのルールに従おうとしました。でもすごく息苦しくって、かつ言うとおりにしてるだけなのに「先生に気に入られようとしてるんでしょう」と言われたりとか。「じゃあ一体どうしたらいいの?」という迷いや葛藤がありました。

アメリカとのギャップに驚いた小学校時代、部活づくりを楽しんだ中高時代

その後、個性を大切にする理念を持つ中高一貫校に進学しました。ちょうど私が入学した時にできたばかりの新体操部があって。上下関係のはっきりした体育会系の部活には違和感を感じたのと、演技を考えるのはクリエイティブな感じがしたので、2つ上の学年の人たちと一緒にみんなで自由にアイデアを出しながら部活をつくっていきました。最初はルールも知らなかったので、競技連盟からルールブックをもらって。他の新体操クラブを見学したり、練習に参加させてもらったりして、練習や技をみんなで研究して練習メニューを組み立てたり。私は主に曲を編集する担当で、ラジカセで曲が決められた時間内におさまるように何度も録音しました。この部活での経験から組織について関心を持ち、大学と大学院で研究、お世話になった教授の紹介で組織開発の会社に入社しました。

ーどんなメッセージに惹かれて、軽井沢風越学園に転職しようと思ったのでしょう。

仕事はずっと楽しくて、これまで転職はまったく考えていませんでした。軽井沢には夫と息子が数年前から定期的に遊びに行っていて。去年の私の誕生日に合わせて一緒に行った際、私の前職の同僚で軽井沢に住む友人から軽井沢風越学園ができること、スタッフを募集していることを聞きました。夫はすでに学校のことを知っていて、息子の入学を考えていたそうで。ホームページに書かれていた「自己主導」という言葉がしっくりきました。そしてその時ふと、大学院を卒業して進路を考えるとき「私、学校つくりたいんですよね」と教授に話したことを思い出したんです。当時は、自分の中で具体的なプランが全くなかったので就職を選んで、そう言ったことをずっと忘れてたんですけど、急にぶわっと思い出して。思い切って飛び込んでみようかな、応募しないと後悔するかもって、なんとなく思いました。

のびのび楽しく学ぶことは、自分らしく生きること

ーどうして「自己主導」という言葉がしっくりきたんでしょう。

組織変革や研修の仕事を通じて、一人ひとりがどうしたいか、という思いが先にあるのが何より大切で、たとえ仮のものでも本人がそれを言語化できれば、その人自身や組織が変化していけるんだな、と実感する機会がたくさんありました。大人になってからではなくて、子どもの頃から自分がどうしたいか、何に関心があるのかについて意識して自分で学ぶことができれば、もしかしたら外の情報にとらわれずに自由に人生のプロセスを選べるんじゃないかなと。

私自身は、日本で学びながらずっと、なんかちょっと違うという感覚が拭えませんでした。本当はもっとのびのびと自分らしく楽しく学べるはずなのにって。大人向けの研修をしていると、子どもの頃に受けた教育の影響からか、学びは苦しいものだという考えがあるような気がして。軽井沢風越学園で新しい教育の形ができると、もしかしたら社会全体の基盤が変わっていくのかもしれない。私にできることがあったら、そこに貢献したいなって思いました。

ー採用のプロセスで感じたことを聞かせてください。

応募してから面接までの間に、軽井沢で開催された説明会に行きました。その時に見た岩瀬さんの授業風景の映像や、発起人3人の話がすごく心に残って。たとえば本城さんが学校をつくろうと思うまでのプロセスの話や、苫野さんの「自由と自由の相互承認の感度」の話。正直言って、説明会に参加するまでは「自由と自由の相互承認の感度」という言葉はあまり意識してなかったんです。でもその時に、多様性を当たり前のように受け入れるという部分が、アメリカの学校を思い出してすごくしっくりきたというのがありました。そうして説明会のあとに、本気で参画したいなって気持ちがかたまって(笑)。

そのあとの採用合宿で出会った人たちがみんなすてきで、たとえ自分が関われなくてもこういう人たちがやるならいいなと思った一方で、教育の世界が変わろうとしていることを感じ、その流れに立ち会いたい気持ちも出てきました。面接の中で研究機関の話がでて、学校外の人たちにとっての入り口のような存在として、色んな相互作用が生まれるのはおもしろそうだなと思い、今に至ります。

これまでの仕事を通じて、数十年経っても価値を出し続ける組織をつくるには、DNAのような組織文化が肝だなと感じていて。今の軽井沢風越学園は、いい方向づけがされている感じはあるんです。組織の持つエネルギーや集まってる仲間、発起人3人の持っているスタンスはとってもすばらしい。いい形で育っていきそうな感じはしているけれど、組織って、どこかで変なスイッチを押しちゃうとおそろしくって。硬直化や日々の忙しさの中で、気づいたら違う方向に来てたね、というのは起こりうると思うので、どうやったら良いDNAを組織文化の中に取り込めるかという視点は、忘れないようにしたいです。でも今まではコンサルだから気づけたのかもしれない。自分もプロセスの渦中にいたらどうなるかなとは思うけど。

ー仕事をする上で、どんなことを大事にしていますか?

一緒に仕事する人やその家族が、どういう生活リズムでどんなモチベーションや関心を持っているのかを意識することは大事にしています。

働き始めて最初の頃の私は、自分がコミットすることには24時間働き続けるみたいな。一緒に働く仲間への配慮が少なくって、みんなは呆れながら遠巻きに見る感じだったと思います。実は30歳になる前に、大きな病気になったんです。直前まで平気で、病院にこのまま入院してくださいと言われても、あと一日くらい出社して引き継ぎしたいなと思っていたくらい。でも実際は、入院してすぐ緊急手術しなければならず、その時に人生と働き方を考え直しました。自分がめいっぱい走ることによって、他の人にも同じことを暗に強いていたかもしれません。

あとは、自分らしくあることです。遠慮することもあるけれど、基本的には誰に対しても、どんな立場の人でも同じように率直に意見を言う部分があって。変えようとしても変えられない自分らしさなのかなと思うので大事にしたいです。

知識や知性を循環させる研究機関

ーこれから始まる研究機関は、どのような価値を生み出す存在になるのでしょう。その中での長沢さんの働きもイメージがあれば教えてください。

私のイメージとしては、全国の先生たちや研究者とのハブ的な存在で、軽井沢風越学園が目指す教育のあり方を感じられるような体験ができる場所。知識とか知性って、エネルギーみたいなものだと思っていて。お金と同じように、循環することによってさらに価値を生み出すと思うので、研究機関が知識や知性を循環させる心臓のような、ポンプの役割を果たしていけるといいなと感じています。

私の存在としては、先生じゃないんだけどいつもいて、なんかあったら相談できる感じのスタッフ。子どもたち、親、先生全員にとって、そういう存在でありたい。あの人のところに行くとお茶とかおやつ出してもらえたりするよっていう情報が入っていて、子どもたちが時々遊びに来るような。どちらかというと不思議な存在でいられたら嬉しいかな。

今は、何も決まっていないのが楽しいんだろうなって思うんです。これから色んなことを決めていく中で試行錯誤したり、一旦解体して組み立て直すこともあると思う。組織ができてしばらくすると、そういう試行錯誤や解体の意味合いも忘れ、硬直化する部分がでてくる。でも私たちは、なるべく硬直することなく、破壊と創造というか、全部を解体して再びつくるような、変化があっても耐えられる哲学を持った学校になれるとよいな。そういう哲学があれば、その土台の上で大きく変わってもずっと世の中に価値を出し続けるだろうなという感じがあります。

ー土台の上で試行錯誤できる安心感は、今の時点でありますか?

今の時点では、まだないかな(笑)。もう少し時間がかかる気がします。でも何となくの安心感としては、今いる仲間の存在。方法論に囚われず、何が大事なのかを考えて実践につなげようとしてるし、新しいことや経験のないことに対しても勇気をもって立ち向かう人たちばかりなので、そういう意味での安心感はあります。

大事にしたいこととか、共感できる軸は定めていたいけれど、それを実現するためにどうやるかは決まってないほうがいい。一緒に試行錯誤して学びながら、やり方を見つけていくというのが好きなので。研究機関をつくるにも、どういう形があるんだろう、本当に実現したいのがこういう状態だとしたら、こういう形がいいよねと、周りと一緒にいろんな視点で考えながら決めていきたい。誰かがこれが正解だと示すんじゃなくて、みんなわからなくて、みんなで探って見つけていくのがいい。そういう決まってなさが、好きです。

(2018/1/31 インタビュー)