自分自身の経験から再発見した子どもたちの学ぶ力

体験学習法を核にした相互学習会・西多摩PACEを主宰する甲斐崎博史。2017年3月、27年続けた東京都の小学校教諭を退職、現在はフリーランスでアドベンチャープログラムのファシリテーターをしながら、軽井沢風越学園の設立準備に関わっています。

ー甲斐崎さんの核となっているプロジェクトアドベンチャー(以下、PA)との出会いを教えてください。

今から17年前に着任していた西多摩のある小学校で、担任を受け持った6年生。5年生の時の荒れようがすごかったので、ふつうに授業をやってもどうにもならないことがわかっていました。年度が始まる前の春休みに、担任を受け持つことになった3人で神田にある教育書を扱う本屋に行ったんです。

ピンとくる学級経営の本はほとんどなく、あきらめて帰ろうと思った時に、本棚の片隅に「楽しみながら信頼関係を築くゲーム集」という本を見つけました。パラパラとめくると、子どもたちが楽しそうにゲームをしている、「プロジェクトアドベンチャー」という聞きなれない言葉。直感的にこれだ!と思って買いました。

4月を迎え、最初の保護者会のあと保護者に残ってもらい、その本を見ながら試しに2時間、体育館でアクティビティをやってみました。すると、最初によそよそしかった保護者たちが最後はハグしあうまでになったのです。こういうことを子どもたちにやってみようと思う、と了解を得て、1年間かけてアクティビティを取り入れる中で、子どもたちは落ち着いていきました。

体験とふりかえりの積み重ねによる内側からの変化

1年やってみて、これはおもしろいと思い、春休みに本格的に勉強するべく4泊5日のPAの研修に行きました。

一番強烈だったのは、自分自身が変わったことです。それまで外部の研修を受けたこともなくて、誰も知らない参加者、講師は外国人、山の中でいったい何が始まるんだろうと、ある種のパニックゾーンでした。でも最終日には、参加者と一緒にハグし合い涙を流す自分がいたのです。それまで僕は引っ込み思案で、しゃべるのも苦手でしたが、対立を恐れずにやりとりができたし、アクティビティにも積極的に挑戦するようになっていた。その変化は、ファシリテーターから何か「こうやりなさい」とか「こうすべきた」とか言われたわけじゃない。ただひたすら体験を積み重ね、ふりかえって、それってどういうこと?、次にどうする?、という体験学習サイクルの中で、自分の内側から変わっていったことに気づいたんです。人が変わっていくことって、こういうことかと。一方、自分は今まで子どもたちに何をしていたかというと、あぁしろ、こうしろ、先生の言うとおりにしたら楽しいぞ。でもそうやって起きた変化は、彼らが起こした変化じゃないし、たぶん力になっていない。人が変わるときって、内側から意思があって初めて変わるんだな、ということを自分の経験から学び、教育観が全く変わりましたね。

ーそこからどんなふうにPAを教室に取り入れたのですか?

はじめは、クラスづくりに取り入れました。アクティビティを使ってクラスを安心・安全の場にしたり、子どもたちに信頼関係を育んだりと。また、課題解決型のアクティビティを通して、自分たちで課題解決していく方法を学び、実生活に生かしていけるようにプログラムをつくっていました。

そのうち、実生活の場面もPAを用いて取り組むようになりました。PAの基本構成は、課題とルールとゴール。たとえば、掃除の時間であれば「教室をきれいに掃除するのがゴールです。掃除道具は道具入れに入っています。時間は15分です。はいどうぞ」と生徒たちに投げかけると、子どもたちは「えっ?どうする?」と考え始めるんです。最初は15分でうまくいかないんですよ。当然ながら。そこで、「なんでだろ?」とふりかえる。そして「次はどうしよう?」と次の手立てを考える。そしてまた次の日にチャレンジする。そしてやってみる、ふりかえる…トライアル&エラーを繰り返しながら、時間はかかるけど、そのうちできるようになる。自分たちが決めたやり方やルールで自分たちのクラスをつくっていく。それはとても楽しいし、自分たちの力を実感できます。こうやって、少しずつ子どもたちの手に、クラスのオーナーシップを譲り渡していきました。でも、学校にいる彼らが過ごすほとんどの時間は授業です。授業外で自分たちで考えているのに、授業の中では先生の話を聴け、というのは乖離がありますよね。そうして、少しずつ授業(教科教育)でもPAの要素を取り入れていきました。

子どもは誰も有能で主体的に学んでいける存在である

ーどんな授業になるのでしょう?

最初の頃は、一斉指導をやめて、その授業のねらいに合ったPAや、体験学習法を使ったパッケージプログラムを授業に取り入れて体験的な学びを起こそうとしました。でも、授業の間はとても活動的になるけれど、どうしても、次何やるの?、次のゲーム何?と、長いサイクルで見るとそれまでの一斉授業と同じように、子どもたちは先生が与えた餌に食いついているだけだと気づきました。
そこで考えたのは、授業自体をPAにしてしまえばいいんだ、ということです。たとえば、今日の授業の内容が「1/2+1/3を理解すること」だとします。ふつうの授業だったら、通分のやり方を教師が教えます。そのあと練習問題をやって、丸付けしておしまい。それを、「45分間の中で1/2+1/3を理解することがゴールです。どうぞ。」と言うと、わからない子を教えてあげる子、頭付き合わせて一緒になって考える子、教えてもらえる子を探しまわる子、一人で黙々と考える子など、自分に合った学び方を自分で選択して取り組みます。途中で、小テストやっていい?と声をかけて、まだであれば、ちょっと待って、となる。子どもたちの授業時間の過ごし方が変わるんですよね。先生が説明してできるようになった授業では、また違う問題が出た時に、彼らはどうするか。「どうやってやるの?」と聞きます。先生がやり方を教える限り、子どもたちは学び方をいつまでも学ばない。コンテンツではなく、プロセスを学ぶのが一番です。もちろん最初は失敗が多くて時間もかかりますが、この学び方はそのうち、加速度的に学べるようになるんです。

試行錯誤しながら、ライティング・ワークショップ(*1)やリーディング・ワークショップ(*2)、算数での一単元全て自己主導の学習、総合や社会の探究学習など、様々な体験学習法の手法を取り入れ、一授業の45分をうまくやるのではなく、1年間というスパンで授業の構成を考えられるようになり、ずっとおもしろくなりました。
PAに出会ってからの僕の子どもたちに対する前提は、「子どもは誰も有能で主体的に学んでいける存在である」ということ。それまでは、「子どもは未熟で教師が教え導かなければいけない存在である」と思っていたのです。

ーサマースクールでも、初めて同士の子どもたちの関係づくりのために、PAの時間を初日の午前中に取り入れました。

あの時の子どもたちの反応には、びっくりしましたね。アクティビティをやったあとに、もう遊んでいい?って言われて、これは遊びとして認められていないんだ!っていうのが、強烈で新鮮でした。ふだんの学校現場などでPAをやると、子どもたちはめっちゃ楽しい!、おもしろい!って言うんだけど、サマースクールの子どもたちにとっては、何の制約もないフィールドで、彼らが身体を動かすことこそが本当の遊び。そうか、本来の子どもたちの遊びっていうのは、そういうことなんだよな、と思わされました。

教員を退職してから、小学生と接するのは久しぶりでしたが、やっぱりおもしろいですね。特に低学年は、本来子どもが持っている感覚や力を感じます。

ー軽井沢風越学園が目指している情景は、サマースクールで見れましたか。

ゆるやかなつながりは、自己主導の学び・協同・探究を可能にするんだな、という実感はあります。教師主導でかっちりと固められている集団ではなく、子どもが主導して自分の学びを決めて、時に友だちと一緒になったり、一人でやってる子もいたり、という様子が、4日間でまさに見れました。ひたすら探究してる子はしてるし、飽きちゃう子もいたけれど、時間や構成がゆるやかな感じは、いいですね。

ー事前のミーティングでは、子どもたちが探究のテーマを見つけられるだろうか、という心配もありました。

なかなかテーマが見つからない子もいたし、心配はありましたね。スタッフが入って、一緒におしゃべりしながら決めたりしました。でも最終的に決めていくことができたのは、他の友だちの様子を見て、それに刺激を受けたからです。おもしろいことに、「いーれーて」じゃないんですよね。いつの間にか一緒にいるというか、自然とくっついてる。入れる子も、新しく加わった友達のことをまったく気にしていませんでした。

ーサマースクールを終えて、開校までに準備が必要だと思ったことは何かありますか。

まず、スタッフの関係性が、サマースクールの前半はまだぎくしゃくしていて。子どもたちがうまくその場になじめていない状況があったときに、もっと僕らの関係性ができていれば、ぱっと動けたはずです。うまくいかない状況を見て、各々のスタッフがアイデアはあるけれど、お互いに遠慮してしまって言わない、動けない。自分自身も、風越学園の考えていることの中で、どこまで自分を出していいのかは、ちょっとまだ戸惑っているところはありますね。そんなに遠慮しちゃったり、合わせちゃったりしちゃいけないんだろうなとは思いつつ。こういう現場は、実際にやってみないとわからないことがほとんどだな、ということがわかりました。 大人のサマースクールも必要ですね。ひたすら自分たちが探究する2泊3日を過ごしてみたいです。

また、集まってきているスタッフのうち、特に先生の経験のない人たちが、子どもを前にした自分の感覚を研ぎ澄ます機会があるといいですね。人を教える立場としてのテクニックとかそういうものじゃなくて、子どもの前に立つときの自然な感覚や大切にしたいことに気付くことは、やっぱり経験がすごく大事で。毎日の子どもたちとの付き合いの中で、そういう感覚やありようが研ぎ澄まされていく気がします。今後のサマースクールや、アフタースクール(*3)がその機会になるでしょうからとても楽しみです。

ーそれは子どもをどんなふうな存在として見るか、自分が何を大事にして子どもを接するかの軸が定まるということでしょうか。

そうです。そんなに簡単には定まらないですけどね。僕が定まったのは37歳とかです。先にも話した「すべての子どもは有能で主体的に学んでいける存在である」というのは、僕が子どもたちの前に立つ上での大前提。そこは揺らぎません。その子どもの見方が、風越学園の大事にしているところと一致しているから、試行錯誤しながらも一緒につくっていくことができる気がします。

*1 ライティング・ワークショップ…子どもが作家となり、書きたいことを書きたいように書く作文教育の手法のひとつ。アメリカのライティングワークショップを参考に、日本で実践した内容をまとめた「作家の時間」(新評論、2008年)という本の編集には、岩瀬と甲斐崎も関わった。

*2 リーディング・ワークショップ…読書教育の手法のひとつ。「読書家の時間」(新評論、2014年)に日本での実践記録が詳しい。

*3 アフタースクール…2018年春から中軽井沢駅近くで小学生を対象に開設予定。