ありのままで、子どもたちとともに育つ・学ぶ

軽井沢風越学園設立準備メンバーのひとり、小川佳也。教員を目指して大学院へ進学するも、そのまま教員の道に進むことに疑問を感じベンチャー企業に就職、そこで、本城慎之介と出会いました。数年前、転職先での仕事に行き詰まった際、本城に相談したのをきっかけに、現在は企業の営業コンサルティングや研修講師の仕事をしながら、軽井沢でぽろぴっぴキャンプ*1や、通学合宿*2の運営に関わっています。

ー軽井沢風越学園の設立準備に関わることになったきっかけを教えて下さい。

2014年から、ぽろぴっぴキャンプ*1や通学合宿*2を本城さんと一緒につくりながら、そこで大事にしていることを体感してた中で、今回の学校設立の話を聞いて。もともと教員を目指してベンチャー企業に飛び込んで、いずれそういうチャンスがきたらいいなと思っていたので、話を聞いた時は何の疑問もなく、自分もやりますと言いました。

思い出した豊かな関わり

ーそこで大事にしていること、というのは、どんなこと?

なんと言ったらいいかなぁ。ありのまま、とか、関わり続ける、とか。こうあるべきっていう方に大人が誘導するんじゃなくて、その子の中にある種をその子自身の力で、その子の中に根が生えるように、関わり続ける、とか。たとえば今この瞬間、反抗してるように見える男の子でも、それまで自己表現の苦手な子だったことを考えると、反抗しているというより表現できるようになったんだね、と捉えることとか。色んな場面を本城さんと共にして、こういう人の関わり方って豊かだな、自分もこういう人の関わり方をしたいなと思うようになりました。

ーそういう人の関わり方というのは、新鮮に感じた?

新鮮というよりは、そういう関わり方を、自分も親にしてもらっていたことを思い出した感じかな。改めて、自分の中にあったものを今の自分に融合させて、なじませているところです。
自分で言うのもなんだけど、僕はまじめな人間だと思っていて。以前は、こうしなければならないとか、会社からこういうことを求められたら応えなければいけないと、自分で自分を追い込んでいた。社会人として働きたいじゃなくて、働かなければいけない。このレールに乗って行かねば、落ちたら死ぬ、みたいな自己洗脳がすごいあって。自分の中じゃなくて、外に基準を持ってた。
数年前、仕事が原因で鬱状態になった時に、一番最初に思い浮かんだのが本城さん。連絡して話を聴いてもらった時に、「小川くんがシマウマだとして、もしライオンに睨まれたらどうする?」って訊かれて。僕は思わず、戦いますって言っちゃったんだけど、本城さんに、逃げていいんだよって言われて、ほんとに救われたんです。その救われた経験を、今度は僕が関わる人にできたら、僕が生きた意味があるだろうなと思ってる。そのために、人に関わり続けられるフィールドとして学校という場もあるし、クライアントの経営課題を解決する仕事もあると思って、今の仕事をしています。

「失敗したって、なんとでもなるさ」

ー小川さん自身は、どんなことを大事に子どもと関わっていますか?

3つあって、1つ目は、子どもとしてではなく、人としてつきあう、ということ。彼らから学べることはすごくあると思っていて、学んだらそれを伝えたいと思ってるし、逆に彼らにされて嫌なことは、僕が嫌で非常に傷ついてる、と言うようにしています。
2つ目は、子どもの前で、いっぱい失敗してやろうということ。以前、「大人って失敗しないじゃん、よっしーはなんで失敗するの?」という子どもの言葉に、大人は失敗しないもんだと思ってるんだ、とショックだった。でももしかしたら、僕も子どもの頃に、そう思ってたかもしれない。大人になったら明確な考えを持っていて、何も迷わない。ところが自分が大人になってみたら、全然そうじゃない。大人だって、色々悩みながら失敗しまくってることを、子どもの頃から感じる機会を与えてあげたい。失敗したって、なんとでもなるさっていう。失敗しても大丈夫だし、肩を貸してくれる仲間や親がいるよ、と伝えたい。いつも失敗するから、子どもたちには馬鹿にされちゃうけどね(笑)。それでいいと思ってます。
3つ目は、裏表がない状態でいる、ということ。子どもにも大人にも伝えることが変わらず軸が通ってる、一貫してるということはすごく意識しています。

ー逆に、子どもとしてつきあうっていうのは、どういう態度なんだろう。

イメージは、何年生になったらここまでやれるよね、とか、ここまでやるべきだよねという関わりだったり、子どもなんだからこれは無理だよね、という決めつけとか。子どもにこうしなさい、ああしなさいというのは、外の基準に目を向けさせすぎてる気がしていて。もちろん、社会通念やルールが大事なことはあるけど、大人が無意識のうちに子どもにこうあるべき、を植えつけてる気がするので、そうじゃなくて、子どもたちの中からうまれてくることをスタートラインにして関わりたいなと。

ぽろぴっぴの小学生と一緒に軽井沢マラソンに参加

子どもたちに関係性の網の目を。

ー今の役割と、これまでの経験で活かせると思っていることを教えて下さい。

まだ学校の設立準備は始まったところで、どうやって自分が貢献できるかを探っています。上意下達のヒエラルキーというよりは、フラットで臨機応変にできるチームだと感じているので、役割が固定される感じはないですね。大学院を出てすぐ教員になるのではなく、いろんなことにチャレンジして、多様な文化や考え方を自分の中に内包したいと思って、ベンチャー企業への就職を選びました。新入社員や中途採用の社員、外国人社員の育成・マネジメントなど、「学校」という枠組みの外での教育経験は、軽井沢風越学園をつくっていく中でも活かせると思っています。

ーどんな人たちと一緒に学校をつくっていきたいですか?

一緒に学校をつくる先生に対してどんなことを求めるのか、ちょうど本城さんや岩瀬さんと考えているところです。僕が挙げたのはまず、学び続けていることを背中で示せる人。大人になっても死ぬまで学びは続くし、育ち続けると思うから、口だけじゃなくて行動で示せる人っていいなと思うし、僕もそう在りたい。2つめが、安心して失敗できる環境をつくれる人。3つめは、自分の矜持・ポリシーは持ちつつ、頑なじゃなくて、変化していける人。大事にしていることを一旦手放して、状況を受け止めてみようという人。
手放せるって、すごい大事なことかなと思っていて。僕は一時期、がっちりと抱えていたことがあるんです。その時は自分も苦しくて、人に対しても固い感じだったと思う。でも、ぎゅーっと抱きしめてるものを一回手放してみると、ものすごく楽になって、機会も人も運も、いろんなものが入ってくるようになりました。自分が必要だと思い込んでいた”鎧”や”武器”なんてなくても、ありのままの自分でいていいんだ、と今は思っています。

ーこんな学校になっていくといいなぁと、今イメージしていることはありますか?

家族みたいな感じかな。やってることはそれぞれバラバラなんだけど、学校全体でなんとなく一つのカラーがあるというか。家族になろうよって押しつけるわけじゃなくて、結果的にそんな状態になってるような関わりがしたいと思っています。
あとは、子どもたちの周りに、親と先生だけでなく、地域の人や関わりたい人たちが網の目のように繋がっている状態をつくりたい。ぴーんと緊張した繋がりじゃなくて、適度にたゆませたり、伸ばしたりできる関係性の糸が何本も子どもたちの周りにあって、困ったときには彼らが自分でその糸をたぐりよせられるように。で、なんか困ったときに、話を聴いてよと言われる存在になりたいですね。そこにいて、在りさえすれば、僕なりの関わりは生まれてくるし、そこに違う人の関わりが重なっていけば、いい網の目ができていくんじゃないかな。

ーそこにいて、在りさえすれば。

僕が生きていた意味を死ぬ時に見出したいだけなのかな、とも思う。僕は子宝に恵まれなくて。それがわかったときに、自分の存在意義を全否定された感覚があったんです。今はそう思ってないんだけど、子どもを持てない僕は生きてる意味があるのかって悩んだこともある。でもそういう僕だからこその関わり方っていうのがあるだろうし、生物学上の親じゃなくても、子どもの成長には関わっていけるということを、ちょっとずつこの3年間、積み重ねてきて。死に様というか、生き様というか、あらためて教育の場で子どもと関わりたいな、というのがでてきました。

軽井沢風越学園が特徴にしようとしていることはいくつかあるけど、一番大事なのは、子どもたちと彼らに関わる大人の学びに対して、どうすれば最大の支援をできるかということ。学校をつくるということはチャレンジングなので、つい目的と手段を取り違えやすい。でも学校をつくることは目的じゃないということを、自分自身にいつでも確認し続けたいなと思うし、もし取り違えてしまった時も、仲間が指摘してくれて気づける、そういうチームだなと信じてやれるというのは素晴らしいことだなと思っています。この学校を卒業した子どもたちが成人した時に、一緒にお酒が飲めるのが今から楽しみ。そのためにまずは最低でも20年間、健康でいられるようにがんばります。

(2016/11/12 インタビュー実施)

*1  ぽろぴっぴキャンプ
園舎を持たない野外保育「森のようちえんぴっぴ」が行う小学生を対象としたキャンプ。本城は、2009年からぴっぴの保育士として活動している。

*2  通学合宿
地域の公民館・集会所・青少年施設・学校などの宿泊可能な施設で、異年齢の子どもたちが共同生活を行いながら通学する取り組み。全国各地で行われている。軽井沢では2014年から本城が中心に軽井沢町立中部小学校に通う小学生8名程度を対象に年に数回、一週間の日程で実施している。